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Author:谷井 昌幸
キネシオロジーの谷井治療室へようこそ!
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| 東京湾の赤潮 |
先日、家族で東京に行きましたが、とてもショックなことがありました。子供をつれて八景島シーパラダイスに行きましたが、周辺の海の水の色に驚かされました。鉄さびの様な赤茶色の海なのです。
私も東京出身ですので、かねてから東京湾の汚染にはそれなりに知識があり、子供のころから釣りが趣味であったので、何十年もその移り変わりを見てきました。
私が子供のころは、まだ東京湾にも干潟が残っており、そこの砂地に干潮時にはカニの穴が姿を現しました。人が近ずくとカニはサッとその穴に隠れてしまうのです。その周辺では夏から秋にかけてハゼがたくさん釣れ、なれない人でも数十匹は釣れていました。今となっては、そこもすべて埋め立てられ、心の中にだけその当時の懐かしい情景が残っているだけです。
それが今では、海一面が赤茶色の汚い色に変わってしまい、その変わりようにとても寂しい思いです。八景島シーパラダイスの係員に尋ねた所、「赤潮 」との答えで、ここ最近はよく発生するとのことでした。
赤潮はプランクトンの大量発生が原因ですが、ではなぜプランクトンが大量発生するのかといえば、海水の富栄養化なのです。つまり、人間の生活排水などにより、川や海が汚れてしまったからなのです。
正直言って、来るとこまで来てしまったという感じですが、これからの子供たちに美しい自然を残してあげたいと思い、今からでも間に合うと信じ、私もできるだけ環境に負担をかけない生活ができたらと、決意を新たにしました。
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| 水野南北 開運の極意4 |
今回も、「水野南北 開運の極意」のつづきをを掲載いたします。
『一つの道に秀れているものは、たとえつつしみが堅固であったとしても天は更に困窮を与えられることがある。これは更に一層道に励まそうとされる天の御心である。大人はこんなことに心を煩わされずますますその道に励むので、遂に天下に名を残す。
小人は心がすぐに乱れてつつしみを捨て、天を恨むので、一生ふらふらして目的を達成することができない。たとえ小人であっても飲食をつつしんで、厳しく決めると心は乱れない。心が乱れなかったなら、そのうちにきっと目的を達すること疑いなし。
だから先ず飲食をつつしみ、そのほかどんなことでも善いということを実行して天運を待っておるがよい。運はめぐるである。善いことも悪いこともみんな自分の実行に従ってまわってくる。運は報いである。
自分で一度善いことをすれば、その報いは必ず自分にまわってくる。吉凶ともその報いがまわってくることは、天地の法則である。運は、はこぶである。自分の行う善事が小さくてもこれをだんだん積み重ねていくときは、終いには天下の大きな善事を成し遂げる。』
『命のある間はどんな人にも運がある。朝早くから起きて、毎日の仕事に精を出し、その上飲食をつつしんで怠らなければ、自然に天理にかなって運は段々開けてくる。これを開運という。』
『飲食をつつしんでおると心も体も健康で、気が自然に開けてくる。気が開けると運もそれにつれて開けてくる。決して誤りはない。まず三年つつしんで見なさい。それで、もし運が開けなかったならば、世界に神様はおられない。水野南北は天地の大敵である。』
『人相の善い悪いをはっきり知ろうと思えば先ず自分で飲み食いをつつしみ、いっさいの無駄をなくし、そうして三年続けたならば、人相の善し悪しは自然にはっきりする。私はいつもこれを実行して、自然の善し悪しを自分で十分に納得してから、みんなの人相の判断をした。これが占いの大道である。
自分でこれをしなくて、どうして人の善し悪しを占う事ができよう。人を占うことは要は自分のつつしみだ。私の相法皆伝の極意はけっしてこのほかにはなにもない。』
「水野南北 開運の極意」より〜
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| 水野南北 開運の極意3 |
今回も、引き続き「水野南北 開運の極意」をお伝えいたします。
『厄年に大難の相があってもいつもおごった食事をせず厳重に定めている人は厄をまぬがれる。』
『酒や肉を多く食して肥え太った人は一生涯、出世発展することがなく、つつしまないと晩年不幸せである。』
『自分が後々、立身出世しようと思うならばまず第一に食を減らして厳重に定めること。これができる人は必ず立身出世をし、できない人は生涯立身出世の見込みがない。』
『繁盛している家の運が尽きてつぶれようとしておっても、もし後継ぎの主人がその食事を減らして厳重に守ると収入が自然に伸び、家運は栄える。』
『たとえ貧乏で苦労の多い人相でも自分自身で、貧乏人らしく粗末なものを食べ、これを厳重に守り抜くときは自然に貧しさから抜け出して相応の財産ができる。これを自福自得という。』
『普通、「気が強い」というのは、ただ強気一方で、がむしゃらに非道を押し切ってするのをいう。酒や肉を、たらふく飲み、たらふく食べていかにも元気強そうに見栄を張るのは、本来、天理に背くもので長くは続かない。つつしみがあって、そうして身を立てる人であってこそ、始めていついつまでも長続きする。』
『たとえ千日千夜祈ったとしてもそこに誠がなかったならば、決して神命には通じない。もし誠をもって祈ろうと思うならば、自分の命を神にささげよ。飲食は、わが命を養う本であり、飲食をささげることは自分の命をささげるのと同じである。神は正直な人の頭(こうべ)に宿られる。濁ったものは受けられない。ふだん三椀であれば、毎日お膳に向かって、自分の信ずる神仏を心に思い祈るならばどんな願いでも叶えられないことはない。』
「水野南北 開運の極意」より〜 次号に続く・・・・
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